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2026年11月5日(木)

ADIS 2026 半導体設計で底上げする日本の産業競争力2

「ソフトウェア定義システム(SDS)時代」の半導体設計人材、育成最前線

株式会社エンライト 伊藤 元昭
 

自動車やゲーム機、産業機器など――。ソフトウェアを更新することで機能向上できる電気・電子機器が増えてきました。スマートフォンやパソコンに似た機能更新が可能なこうしたシステムは、「ソフトウェア定義システム(Software Defined System:SDS)」と呼ばれています(図1)。SDSは、高度な人工知能(AI)によって機能が管理・制御され、利用する環境や履歴に応じて機能を最適化する能力を獲得。フィジカルAIを導入した機器やシステムにおいては、SDSはスタンダードな姿となっていくでしょう。

ソフトウェアで機能更新する「ソフトウェア定義システム(SDS)」が様々な応用領域に広がってきた。


図1 ソフトウェアで機能更新する「ソフトウェア定義システム(SDS)」が様々な応用領域に広がってきた。
出所:AdobeStock

 

これからは、システム設計者、さらにはその中核に置く半導体チップの設計者の多くが、SDS時代に対応する知見やスキルが求められるようになることでしょう。ここでは、SDS時代のシステム設計とチップ設計は、これまでとはどのような点が異なるのか、また、設計人材を育成する上で留意すべきことや利用可能な設計環境を紹介します。

 

SDS時代、システムとそこに組み込むチップの設計は何が変わるのか

半導体チップの設計においては、単にチップ単体の価値向上だけを追求したのでは、応用システムの機能・性能の向上に貢献できなくなってきました。チップ設計の時点で、システムレベルでの価値を高める技術の導入が求められています。応用機器がSDSへと進化すれば、システム価値の作り込みに対する要求が、さらに大きく変わりそうです。市場投入後にも継続的に機能更新し続けるSDSの設計は、これまでのシステム設計とは以下の4点が変化するとみられます(図2)。

従来のシステム設計とSDSの設計の違い


図2 従来のシステム設計とSDSの設計の違い
出所:筆者が作成

 

第1に、「システム設計の時間軸」が変わります。従来の電気・電子機器では、工場出荷時点で実現すべき機能・性能を明確に定め、それを確実・効率的に具現化する設計が求められていました。SDSでは、出荷後の数年間にわたり、ソフト更新による進化で価値を維持・向上できる設計が求められます。

第2に、「システムの最適化単位」が変わります。個々のチップや構成部材それぞれの最適化ではなく、ハード・ソフト・通信・クラウドを含む大きなシステム全体の最適化が求められます。一般にSDSは、クラウド上の管理・制御システムと連携しながら機能します。ソフト更新もネット経由で行うことになります。

第3に、「機能を実装する場所」が変わります。これまでは機器中の特定ハードに機能を実装する例がほとんどでした。SDSでは、求められる性能・電力・安全性に応じて、ハード、ソフト、クラウド上の中から最適な場所で柔軟に実行できるように設計しておくことが求められます。

第4に、「設計で生み出す価値」が変わります。機器の初期性能や製造コストだけでなく、市場投入後の継続的な機能改善、サービス収益、長期的な運用価値の向上も設計目標になります。例えば、保守や機器の利用支援の容易さや効果を高める設計が求められてきます。

SDSでは、システムに導入する機能の多くをソフトで実現します。このため、ハードの中核に置くチップの価値や役割は、一見小さくなるかのように見えます。しかし実際には、チップの価値と役割は、これまでとは違った観点からむしろ大きくなります。ソフトによって機能を自在に変更するためには、機能変更を可能にする汎用性と余裕のある計算能力・通信能力、十分な安全性・拡張性を、チップ設計の段階から作り込んでおく必要があるからです。

 

SDS向けチップを設計する人材に求められる知見・スキルとは

これまでチップ設計者の作業と言えば、RTL設計、論理合成、配置配線、タイミング解析、機能検証などが中心でした。もちろんSDS用チップの設計でも、こうした作業がなくなるわけではありません。ただし、設計上流でシステム要求をチップ仕様へ落とし込み、クラウドも含めた大きなシステム全体で適切に機能できるように具現化することがより重要になってきます。加えて、市場投入後に機能更新した後にも、最適動作することを検証する新たな作業も行うことになります。

こうした変化に単純に対応したのでは、作業項目が増え、設計者の負担が増してしまいます。設計者に求められる知見・スキルもこれまでより広範・多様なものになります。従来作業の自動化を推し進め、以下のような新たな作業に負荷やリソースを重点配分することが求められそうです。

例えば、産業用ロボット向けSoCを設計する場合、チップに搭載するCPUやNPUの仕様を決めるためには、ロボットが実行する作業、AI処理の内容、制御の内容や頻度、許容される遅延、遵守すべき安全要件などを分析することから始めます。その際、どの機能をハード、ソフト、クラウドで実現すべきか、市場投入後や利用状況の変化も含めて、明確に定義しておく必要があります。そのうえでチップに集積する演算資源、導入するバスの帯域、通信機能などを決定することになります。

さらに、システムレベルでの機能・性能を最適化するため、ハードとソフトの協調設計が極めて重要になってきます。また、仮想プロトタイピングも活用することになります。仮想プロトタイピングとは、チップの動作を模擬するソフトモデルを作成し、チップが完成する前にOS、デバイスドライバー、アプリケーションなどを開発できるようにするシステム検証技術です。SDSでは、市場投入後に機能更新されることが前提となるため、チップ設計の段階で、これまで以上に多くの実現機能や多様な利用シーンを想定した検証が必要になってきます。仮想プロトタイピングの環境を構築できれば、効率的により多くの条件での検証が可能になります。

また、システムの安全性、信頼性、セキュリティを高レベルで作り込む場合、チップ設計の段階でなければ作り込めないハード化しておくべき機能が多くあります。ハードで機能を分離して故障や攻撃が他の領域へ波及することを防いだり、機能安全を確保するためにハードの冗長性を導入したりといった仕組みはその代表例です。チップ設計者には、システムレベルでの安全性、信頼性、セキュリティに関する知見と実現技術の実装スキルも求められてきます。

 

人材育成とAIによる自動設計などを活用した新たな設計手法

正確な統計値はありませんが、日本の半導体産業の全盛期だった1990年代と現在を比べると、国内の半導体メーカーと機器メーカーそれぞれが擁するチップ設計者の数は大幅に減少しているとみられます。ところが、日本企業がSDS時代に適応した競争力の高い機器ビジネスを世界市場で展開するためには、国内半導体メーカーもしくは独自チップ開発に挑戦する機器メーカーが、時代の要請に応えるチップ設計者を手元に擁する必要が出てきます。米国や中国などのトップ機器メーカーの多くの動向を見ても明白なように、SDSに組み込むチップの質が、機器の価値や市場投入後のサービスビジネス展開の成否を決めるからです。チップ設計者の育成が急務となっています。

チップレットの活用など、設計対象を限定してコストや労力を最小化できる技術が利用可能になってきています。機器メーカーなどの独自チップ開発のハードルは工夫次第で下げることができるようになったのです。さらに、設計人材育成を支援する環境も整いつつあります。近年、Synopsys、Cadence、Siemens EDAなど主要EDAベンダーが、AIを導入したEDAを次々と投入。質の高いシステムやチップを効率的に設計できるようになってきました(図3)。

AIを導入したEDAの役割とメリット

図3 AIを導入したEDAの役割とメリット
出所:筆者が作成

 

これらのEDAを活用すれば、単に設計作業を自動化して開発期間を短縮するだけではなく、人間の設計者だけでは探索しきれなかった設計上の選択肢をAIが検討し、チップの性能・消費電力・面積を改善し、より高度な半導体チップを少人数で開発できます。こうしたAI対応EDAの効果は、物理設計の領域から論理設計、検証、アナログ回路設計へと広がっています。そして、設計者の仕事が、「チップ上に搭載する回路を作ること」から、より上位の「どのような回路を作るべきかを判断すること」へと変化。チップ設計者が、仕様設計やアーキテクチャ設計など、より上流のシステム設計に注力できるようになります。ソフト開発の領域では、生成AIを利用したコードの自動生成「バイブコーディング」が当たり前の技術として利用されるようになりました。チップ開発においても、同様の潮流が生まれそうです。

現時点でAIを活用できる業務は、RTL設計、機能検証、解析、修正、論理合成、配置配線・PPA最適化などが中心です。これからは、与えられた目標の実現に向けて設計業務全般を全体最適化しながら自律実行するエージェントAI(Agentic AI)の技術開発と活用が進む可能性が高そうです。その活用が進めば、設計するシステムの価値・目標の定義、制約設定、設計の判断、承認といった、より大きな責任と意思決定力が求められる業務に集中できるようになることでしょう。設計者は、こうした設計環境の変化に対応した知見とスキルのアップデートが求められそうです。

2026年12月9日(水)~11日(金)、東京ビッグサイトでの「SEMICON Japan 2026」会場内において、半導体チップの設計・検証技術とシステムアーキテクチャ技術にフォーカスしたサミット「ADIS(Advanced Design Innovation Summit)2026」を開催します。展示会場では、設計ツールや設計支援サービスを提供する企業による、設計のパラダイムシフトを支援する最新設計環境や設計人材の育成を支援するサービスなどを紹介。さらに、チップ設計に関する半導体セミナーも用意しています。ADISに参加し、SDS時代に求められるチップ設計力とは何か、その醸成に向けて人材を育成するために何をしたら良いのか、議論の輪に加わってみてはいかがでしょうか。

さらに、12月10日(木)には、会議棟605-606会議室で、エージェントAIを活用したシステム設計について議論するパネルディスカッション『半導体は設計する時代を迎え、「設計分野でのAgentic AIは人を超えるのか!?」を大激論』を開催します。パネリストには日本を代表する半導体メーカー各社のキーパーソンが集結。日本でのチップ設計の未来を展望します。システムレベルでの価値を高めたチップを効果的かつ効率的に設計したいと考える方々にとって、最前線の動きを知る絶好の機会になることでしょう。

ADIS


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