2024年11月29日(金)
半導体の積極活用で、高度な医療・ヘルスケアが大衆化
株式会社エンライト 伊藤 元昭
半導体技術の進歩によって、医療分野で用いる機器や診断の技術が劇的に進化しています。これまで察知不能だった状態・状況下での患者のバイタルデータを収集したり、熟練した医療関係者であっても肉眼や人の検知能力では発見できなかった気の兆しを見つけ出したりできるようになってきました。加えて、従来対処が困難だった生活習慣病や精神疾患の継続的ケア、確実で効果的な服薬支援などを、患者の日常生活の中で寄り添うような対応も、デジタル機器の活用で可能になりました。医療・ヘルスケアの領域では、半導体およびその応用であるデジタル技術の活用によるイノベーションが起きつつあります(図1)。
図1 半導体とその応用であるデジタル技術が、医療・ヘルスケアにイノベーションをおこしている
出所:AdobeStock
半導体活用で日常生活の中での健康をキメ細かくケア
Global Market Insightsの調査・予測によると、2023年に51.2億ドルだった医療・ネルスケア用の半導体市場規模は、2024年以降 年平均9.5%のペースで成長。2032年には115.9 億ドルに達するとしています(図2)。こうした継続的高成長が予想される背景には、半導体を応用したデジタル技術によって、高度な医療・ヘルスケアの大衆化が進むという見通しがあります。これまでの医療・ヘルスケアでは、提供する診断・治療・ケアなどのサービスが専門家の属人的な知見や技能に委ねられていた面がありました。これが、デジタル技術を積極導入することによって、患者一人ひとりにパーソナライズされた、キメ細かく高度なサービスを、低コストで提供可能な方向へと向かっています。
図2 医療・ヘルスケア用の半導体市場規模は年平均9.5%のペースで成長
出所:Global Market Insights
また、2024年には半導体の進歩と医療・ヘルスケアの関わりが新たな局面に突入しつつあることを象徴する出来事がありました。2024年のノーベル化学賞が、計算によって新たなたんぱく質を設計する技術の開発で功績を上げた米ワシントン大学のDavid Baker教授と、たんぱく質の立体構造を高精度に予測するAI「AlphaFold」を開発した英DeepMindのDemis Hassabis氏とJohn Jumper氏に贈られたことです。
AlphaFoldは、医学・生物学の研究開発の進め方を一変させ、既に新薬開発、疾病メカニズムの解明、酵素設計など、幅広い分野で活用されています。現代の高度なAIは、複雑な現象から明確な知見を抜き出すことに長けています。AIの活用によって、今後の医療・ヘルスケアの研究開発は急加速し、人々の健康を支えていくことでしょう。
IoT活用で大病院の施設でも得られない貴重な情報を収取
医療・ヘルスケアの領域での半導体の活用は、極めて多面的に進められています。利用される半導体の種類も多様であり、活用シーンも多岐にわたります。ここからは、代表的な活用シーンを、適用する半導体とデジタル技術に着目して整理し、紹介したいと思います。
まずは、高度化したセンサーとIoT技術を活用した、医療・ヘルスケアの進化です。複数種類のセンサーを1チップに集積することで、ウエアラブル機器に小型・高性能・低消費電力なセンシング機能を搭載可能になりました。心拍数・血圧・血糖値などのバイタルデータをリアルタイムで継続的に収集可能になってきています。
しかも、機器を装着しているだけで、人体に外科的処置を施すことなく、非侵襲で患者の負担を軽減しながら多様なデータを収集できるようにもなりました。加えて、無線通信機能や高度な情報処理機能をSoCとして1チップ化することで、センサーで収集したバイタルデータをデータセンターに蓄積し、高度な解析によって適切・迅速な診断・処置に役立つ情報を抜き出すことが可能になりました。
これまで高度な医療・ヘルスケアのサービスを受けるには、主に病院やケア施設などの専門的設備と専門家が整備された場所に患者が出向く必要がありました。ただし、医療機関などに行けば必ずしも正確な診断・処置に役立つ情報が収集できるわけでもありませんでした。体の状態を正確に把握するために必要な情報や疾患の一端を示す兆候は、むしろ日常生活の中でこそ得やすいからです。医療施設などの特殊環境で、短時間で状態を把握することが困難な疾病も多くあるのです。
もちろん、ウエアラブル機器中に搭載可能なセンサーでは、専門的設備で収集するような高精度で確定的な情報は得られません。しかし、これまでブラックボックスだった日常生活の中での体の状態や状況の一端を知ることができるだけでも大きな進歩であり、効果的で効率的な医療・ヘルスケアサービスを提供するために有効な情報であると言えます。
AIの高度な知覚能力で医療従事者を支援
また、AIを活用することによって、高度な診断やケアを、これまで以上に多様な状況で、気軽に、パーソナライズして提供できるようになってきています。医療での診断や治療は、最終的には医師の資格を持つ専門家が責任をもって行う必要があります。ただし、こうした診断や治療の過程でAIによる解析結果を参考にすることによって、より精度の高い医療行為を提供することが可能になります。
図3 AIの高度な知覚能力を活用して、医療従事者の判断を支援
出所:AdobeStock
最も早くAIの活用が進んだのが、X線やMRI、CTなどの画像を解析し、病巣や病変を早期発見する用途です(図3)。現在のAIは、人間の検知能力を超える高精度な画像認識能力を備えるまでに進化しています。例えば、国立がん研究センターでは、AIによる内視鏡画像の解析で98%の病変発見率を達成するといった成果を上げています。さらに、放射線の被ばく量が低い条件で撮影し、画像の解像度や撮影条件の不備・不足を生成AIで補うことで、AIによる解析や医師による診断を支援する技術なども発達してきています。画像認識だけでなく、心電図データなどを解析して疾患を検知するAIも多数登場してきています。
スマホのアプリなどを利用したデジタル治療薬の利用が拡大
さらに近年、「デジタル治療薬(Digital Therapeutics:DTx)」と呼ばれる技術に注目が集まっています(図4)。DTxとは、デジタル技術を用いて疾病の予防や治療を行う新しい医療技術のことを指します。DTxは、医療機関の目が届かない日常の治療の「空白期間」を埋めることを目的とした医療技術です。スマートフォンなどのアプリとして提供されることが多く、日常生活の中で患者の状態をデータで把握しながら、予防や治療につながる気付きや指導、作業を行うことで、生活習慣病やメンタルヘルスのケア、慢性疾患の管理など幅広い用途で活用されつつあります。
図4 デジタル治療薬で日常生活の中で医療サービスを提供
出所:AdobeStock
DTxを活用することによるメリットは多岐にわたります。生活習慣病など従来の治療法では対応が難しかった疾患への新たな選択肢となります。また、患者個別のニーズに合わせたパーソナライズされた治療もかのうです。さらに、医療従事者の負担軽減とリモート診療の促進、治療へのアクセス向上、加えて入院期間を短縮して患者の負担と医療費を削減できます。
DTxは単なるアプリではなく、科学的根拠に基づいて開発され、臨床試験で有効性・安全性が実証されたれっきとした治療薬の一種です。実用化に際しては医療機器プログラム(SaMD)として規制当局の承認が必要であり、医師の管理下で処方され、保険適用の対象にもなります。
IoTによる日常生活中のケア、AIによる診断支援、DTxは、半導体の応用で高度に発展した医療・ヘルスケアの姿の一面にすぎません。その他にも、医薬品開発や医療技術のAIによる研究開発の加速や医療ロボットの高度化、遠隔医療の拡大など、さまざまな動きが起きています。その実現には、デジタルチップの高性能化や高集積化だけでなく、アナログチップ、MEMS技術を応用したセンサー、電子機能のウエアラブル化を後押しするプリンテッドエレクトロニクスなど、多様な切り口からの技術の発展が欠かせません。
2024年12月11日(水)から東京ビッグサイトで開催される「SEMICON Japan 2024」では、会期1日目の11日(水)に東7ホールのTechSTAGEにて「半導体✕医療セミナー」を開催します。ここでは、医療の発展に貢献する半導体の最前線の姿を垣間見ることができます。また、ウエアラブル機器の実現・進化に欠かせないフレキシブルデバイスとプリンテッドエレクトロニクスに関する展示会「FLEX Japan」も開催されます。成長著しい医療・ヘルスケア用の半導体の未来を体感してはいかがでしょうか。