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2021年10月26日(火)

脱炭素への取り組みが急加速、半導体の新たな市場を創出

株式会社エンライト 伊藤 元昭

 

脱炭素への取り組みが、世界中で急加速しています。

これまでの企業における脱炭素に向けた取り組みは、主にCSR(社会的責任)の観点から行われることが多かったのではないでしょうか。これが現在では、ビジネスの成長戦略の中心に位置し、企業の競争要因になってきました。こうした状況の変化は、電子機器や自動車、産業機器、社会インフラの設備などのメーカーといった半導体ユーザーはもとより、大電力を消費してチップを生産している半導体メーカーにおいても見られます。

 

脱炭素への取り組みは、社会的責任から競争力を決める要因に

2020年以降、2050年でのカーボンニュートラル達成が、世界中の国や地域の政府が一丸となって取り組むべき目標になりました(図1)。

 

自然


図1 2050年でのカーボンニュートラル達成が、世界中の取組目標に
出典:AdobeStock 
 

 

欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会は、コロナ禍によって傷んだ欧州域内の経済を立て直すため、脱炭素向けインフラの整備に集中投資する「European Green Deal」と呼ぶ政策を打ち出しました。また、米国は、政権交代を機にCO2削減を推進する政策へと転換し、中国もCO2の削減目標を引き上げました。日本でも、2020年10月に菅義偉首相が2050年でのカーボンニュートラル達成を目指すことを宣言。これを受けて経済産業省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定しました。

これまでと2020年以降では、脱炭素への取り組みは、巨額の予算が伴っている点、脱炭素を促す新たな規制や税制、支援制度が導入される点で大きく異なっています。

例えば、欧州では、EU域外からの製品を持ち込む輸入業者に対して、製品の生産や輸送などの過程で排出したCO2の量に応じた税を貸すといった内容を含む「国境炭素調整措置(国境炭素税)」を2026年に導入しようとしています。導入当初の課税対象品目には、鉄鋼・セメント・肥料・アルミニウム・電力が予定されていますが、自動車や電気製品、さらにはそれら搭載されている半導体へと対象が拡大する可能性も十分あるようです。これは、火力発電による電力で作った半導体、さらにはその応用製品には、余分な関税が課される可能性があることを意味します。そして、こうした動きは、米国でも同様の制度の導入が議論されるなど、世界中に広がりつつあります。

逆に、電気自動車(EV)の充電施設のように、補助金や優遇税制によって市場が活性化している分野もあります。国境炭素調整措置のような脱炭素に関わる規制に上手に適応し、さらには脱炭素に関連して新たに生まれるニーズに応える技術や製品を提供することが、あらゆる工業製品のビジネスの競争力を決める要因になりつつあるのです。

 

Global Renewables Outlook 2020年版


図2 再生可能エネルギー由来の電力のフル活用が必須になっている
出典:国際再生可能エネルギー機関(IRENA)「Global Renewables Outlook 2020年版」

 

2050年でのカーボンニュートラル達成という目標は、小手先の省エネや可能な範囲での化石燃料から電力への転換などでは実現不可能な高い目標です。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、総発電量に占める再生可能エネルギーの割合を、2030年には57%、2050年には86%にする必要があるそうです(図2)。IRENAの目標値は、各国政府が制度設計する際の基礎データとなっています。

ちなみに、現時点での日本での総発電量に占める再生可能エネルギーの割合は20%程度に過ぎません。いかに高い目標であるかが分かります。こうした目標を見て、「実現不可能な非現実的目標。そんな取り組みが続くはずがない」と考える人もいるかもしれません。しかし、世界中の政府が、こうした目標の実現に向けて制度設計しているのは事実なのです。これまでの常識にとらわれて高をくくっていると、いつの間にか解消不能な重大リスクを抱え、さらには絶好の事業機会を失う可能性が出てくるかもしれません。

 

目標達成に欠かせない技術革新、半導体が貢献できる余地は多い

世界が取り組むカーボンニュートラルの実現目標を達成するためには、技術的ブレイクスルーが欠かせません(図3)。半導体も、技術革新が求められる分野のひとつです。

 

左)再生可能エネルギーによる発電所の付随施設の効率化と緻密な制御の実現、(中)モーターの電力効率向上、(右)データセンターの電力効率向上


図3 目標達成に向けて技術革新が求められる半導体の応用分野は多い
(左)再生可能エネルギーによる発電所の付随施設の効率化と緻密な制御の実現、
(中)モーターの電力効率向上、(右)データセンターの電力効率向上
出典:(左)TMEIC、(中)(右)AdobeStock

 

例えば、再生可能エネルギーの割合を劇的に高めるには、太陽光や洋上風力など発電施設の増設だけでなく、直流の交流への変換や電力網の安定化を図るパワーコンディショナーや、電力の需給バランスの調整に不可欠な大容量バッテリー(Energy Storage System:ESS)など付随する施設・装置が必要になります。そして、発電所から送配電網を経て、電気電子機器でエネルギーとして利用するまでの間に、これら付随施設・装置や電源回路などで何度も電力変換をするのですが、変換するたびに電力を損失し、最終的には発電した電力の約1/3が損失してしまいます。

カーボンニュートラルを達成するためには、付随する施設・装置での変換効率の向上や緻密な制御の実現が必須になります。その際に重要な役割を果たすのが、パワー半導体とそれを制御する電力制御ICです。カーボンニュートラルへの取り組みの加速は、高効率な半導体の需要を一気に押し上げることでしょう。

また、世界の総発電量の約50%の電力を消費していると言われるモーターの駆動も、高効率化が求められている領域です。モーターは半導体製造装置や工作機、ポンプ、空調など様々な工場設備に利用されています。半導体工場の装置には高効率モーターが使われることが多いのですが、機械や食品、日用品などを生産する多くの工場では、一定回転のファンで起こした風をダンパーで遮って風量調整するといった電力損失が大きい利用法がされています。こうした領域では、高効率なパワー半導体で構成したインバーターを活用した可変速モーターの普及が加速していくことでしょう。

さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に欠かせないデータセンターでの電力効率向上も重要です。米Googleのデータによると、2012年頃までは、電源技術の技術革新などによってデータセンターでの電力利用効率が改善し続けてきたのですが、それ以降、改善幅が小さくなっているといいます。技術的ブレイクスルーなしで、今後のデータセンターの利用拡大・処理能力の向上を推し進めていくことが困難な状況なのです。

既に、Googleは従来12Vだったサーバーラックの電源線の電圧を48Vに引き上げ、電力損失を抑えるなど抜本的な対策に着手。技術を標準化して、他のIT企業もこの動きに追随しています。そして、こうした動きに伴って、電源用ICに新たな技術要求が生まれ、GaNパワー半導体など新たな技術の応用領域が拡大しています。同様の変化は、無停電電源システム(UPS)など高電圧電源でも顕在化しており、ここでは、SiCパワーデバイスなど、先進的パワー半導体の導入による高効率化を後押ししています。

 

欧州メーカーを中心に、増産体制を整備する動きが拡大

カーボンニュートラル達成に向けた動きを捉えて、欧州の半導体メーカーを中心に、高効率なパワー半導体の増産体制の整備が始まっています(図4)。

図4


図4 パワー半導体の増産体制を整備する欧州の半導体メーカー
(左)Infineonのフィラハでの300mmウエハー対応工場の開所セレモニー、
(中)Infineonのフィラハ工場、
(右)STMicroelectronicsがアグラテに建設しているパワー半導体の300mmウエハー対応工場
出典:(左)(中)Infineon、(右)STMicroelectronics

 

出典:国際再生可能エネルギー機関(IRENA)「Global Renewables Outlook 2020年版」

ドイツのInfineon Technologiesは、これまで世界で唯一300mmウエハーによるシリコンベースのパワー半導体を製造する工場をドイツ国内のドレスデンに保有していました。同社は、オーストラリアのフィラハにも300mm対応工場を設置。2021年9月に量産を開始しました。シリコンベースのパワー半導体の生産能力が高まったことで、これまで利用していた200mm対応ラインをSiCベースのパワー半導体の増産に振り向けるなど、より高効率なデバイスの供給量の増強も進めています。また、スイスのSTMicroelectronicsも、イタリアのミラノ近郊のアグラテに300mm対応工場を建設しており、2022年下半期に量産を開始する予定です。

日本には、グローバル市場での競争力を持つ重電企業が多くあり、高度なパワー半導体や電力制御ICを開発・製造できる半導体メーカーが複数あります。時代の要請に応えながら、半導体のチップビジネスの再興に大きく貢献できる分野であることは間違いありません。