メインコンテンツに移動

2020年12月1日(火)

SEMICON Japan Virtual 未来を探る視点3

実用化に向けて着々と進歩する量子コンピュータ

株式会社エンライト 伊藤 元昭

 

言葉自体に未来感あふれる技術、量子コンピュータが実用化に向かって着々と進化しています。量子コンピュータは、その難解な動作原理とは裏腹に、生活や仕事の中で直面する多くの身近な問題を解くのに利用できます。問題そのものは誰もが理解できるのに、従来型コンピュータでは事実上解けなかった問題を解けることこそが、量子コンピュータの存在意義なのです。

 

ポストムーア時代を支える期待の技術

量子コンピュータの原理は、“1”と“0”で表現されるデジタル信号を扱う従来型コンピュータとは全く異質なものです。半導体の微細加工技術など、従来型コンピュータを進化させてきた基盤技術を活用できる部分も一部でありますが、進化の鍵を握っている技術の大部分は別の領域にあります。この点は、一見半導体業界にとって残念なポイントに見えてしまうかもしれません。しかし、逆から見れば、微細加工技術の進歩が困難になる「ポストムーア時代」に、別の基軸に沿って継続的進化を遂げる可能性がある技術だと言えます。手つかずの大きな伸びしろを秘めたフロンティアが量子コンピュータなのです。

ただし、量子コンピュータは、マシンそのものやその頭脳となるチップだけを進歩させれば、実用化できるというものではありません。マシンに入力する情報の表現形式も、そこから得られる答えの利用法も異なるからです。マシンの進歩と同時に、解きたい問題を定式化、既存コンピュータと連携した情報システムの構築、応用開発など、利用技術も開発していく必要があります。このため、その実用化と応用拡大には、量子コンピュータ固有のエコシステムの構築が欠かせません。ここにも、多くのビジネスチャンスがあります。

現在、マシン自体も、利用技術も日進月歩で進歩しています(図1)。しかし、実用化や応用拡大に向けて解決すべき問題も数多く残されています。現在の量子コンピュータを取り巻く状況は、ちょうど1960年代のマイクロプロセッサ登場前のコンピュータの黎明期に似た雰囲気があると思います。実用化に向けたブレイクスルーが求められ、それに付随して無数のスタートアップが力をつけてきています。
 

図1

 

図1 量子コンピュータは、マシンも利用技術も着実に進化している
出典:Adobe Stock

 

2方式の量子コンピュータ、指数関数的な進歩

量子コンピュータには、大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2方式があります。双方とも目覚ましいペースで進歩しています。

量子アニーリング方式は、「組合せ最適化問題」と呼ばれる特定の問題を解くのに特化した専用計算機です。自然界には、放っておけば最も安定な状態(最適解)に落ち着くという不思議な機能が内在しています。この仕組みを利用して問題の最適解を解くのが量子アニーリング方式の基本原理です。量子ゲート方式に比べると解ける問題は限定されますが、組合せ最適化問題は自然界や社会の中で見られる現象で頻繁に出現するため、専用計算機とはいえ思いのほか多くの応用先があります。このため、実用化できれば極めて有用です。具体的な応用例を挙げれば、居酒屋のアルバイトのシフト最適化、交通渋滞の解消、小売店の需要予測、多様な金融商品のポートフォリオ管理といった個人の問題から、新材料の開発、高度医療など産業界の問題まで幅広い問題を素早く解くことができます。

2011年、D-Wave Systemsは、世界初の商用量子コンピュータとして、「D-Wave One」と呼ぶ量子アニーリング・マシンを市場投入しました。扱い可能な量子ビット(数の大きさ)は128量子ビットでした。その後、2013年には512量子ビットの「D-Wave Two」を、2017年には約2000量子ビットの「D-Wave 2000Q」を、そして2020年9月には5000量子ビット以上の「Advantage」を発表しました(図2)。まさに、「ムーアの法則」の量子コンピュータ版と言えるような指数関数的進歩を遂げています。
 

図2

 

図2 D-Waveの量子アニーリング・マシン「D-Wave 2000 Q」の筐体と量子チップ
出典:D-Wave

 

一方、量子ゲート方式は、既存のコンピュータでも扱ってきたような問題を極めて高速に解くことができます。量子アニーリング方式よりも汎用的で、様々な問題を解くことが可能です。基本原理は、“1”と“0”の両方の状態を同時に兼ね備える量子の性質を活用することで、多様な条件、莫大な計算対象を重ね合わせて1つにまとめ、同時並列的に高速処理するというものです。この特徴を生かせば、未整理のデータから情報を素早く検索したり、暗号を解読したりできます。計算する際には、「AND」「OR」「NOT」といった基本的な論理ゲートを組み合わせて複雑な問題を解きます。

量子ゲート方式には、複数の数が重ね合わされた状態を、解を求めるのに要する時間だけ維持するのが極めて難しいという問題を抱えています。このため、量子アニーリング方式に比べると、扱う数の大きさを大きくする際の難易度が高い問題を抱えています。また、計算中にどうしてもエラーが混入してしまうため、実用化に際してはエラー対策が不可欠になります。これらの課題を解決するためには、量子プロセッサの材料や構造、さらにはそれが安定動作できる環境を整える技術の確立が何より重要になります。

2016年、米IBMは5量子ビットのマシンを開発して、量子ゲート方式の実現が始まりました。そして、2017年には20量子ビットのマシンの活用をクラウドサービスとして提供開始、さらには50量子ビットの試作に成功したことを発表しました(図3)。このように、量子ゲート方式においても、量子アニーリング方式と同様に指数関数的進化が続いています。そしてIBMは、2020年9月に、量子ゲート方式の開発ロードマップを発表しました。2021年には127量子ビット、2022年には433量子ビット、そして2023年末までに1000量子ビット以上の量子プロセッサの実現を目指すとしています。同社のほか、米Googleも量子ゲート方式の技術開発に積極的に取り組んでいます。2014年から独自開発に着手し、2019年に53量子ビットの量子プロセッサ「Sycamore」を開発。スーパーコンピューターを使っても解くのに1万年かかる問題を、10億倍速い200秒で解くことに成功したことを明らかにして話題となりました。
 

図3

 

図3 IBMの量子ゲート方式のマシン「IBM Q」のチャンバーと情報処理の心臓部
出典:IBM

 

量子コンピュータの進化と半導体製造装置向け技術の意外な居痛点

量子コンピュータのさらなる進化に向けて、解決すべき様々な問題があります。その多くは、従来の半導体チップの利用を中心にした電子工学上の問題とは異質の、どちらかと言えば機械・装置産業で扱っている工学的な問題が多いように見えます。

まず、現在の量子コンピュータでは、1個1個の量子ビットの粒を電磁波で制御して、データのインプットとアウトプットをしています。その制御には、雑音の混入を避けるため、同軸ケーブルを1本1本挿しています。こうして作られた量子コンピュータの見た目は、真空管を素子として利用していた黎明期のコンピュータを思わせるものがあります。現時点の、50量子ビット程度の量子ゲートマシンならば、制御線や読み出し線などを合計しても百数十本程度のケーブルを挿せばよいので、まだ対応可能です。しかし、今後1000量子ビットのマシンを実現しようとすれば、数千本のケーブルを挿す必要が出てくるため、対処できなくなってきます。さらに継続的な指数関数的進化を目指すのならば、こうした配線でのブレイクスルーが必要になることは明らかです。

また、量子コンピュータの頭脳であるチップで安定した量子的振る舞い起きる状態を整えるため、実用化のキーテクノロジーとして冷却技術が非常に重要になっています。例えば、量子ゲート方式では、動作している量子ビットの先端温度を10mK(ミリケルビン)くらいまで下げる必要があるといいます。マイクロ波の放出が起こり、量子ビットの精密な制御が妨害されてしまうからです。量子アニーリング方式も、超伝導材料を使うため、同様の超低温環境が求められます。

量子コンピュータの写真を見て、コンピュータというよりも、半導体製造装置などの見た目に近いと感じる人も多いのではないでしょうか。電磁ノイズや温度以外にも、振動や湿度など様々な側面から、理想的動作が可能な環境を整えるため、量子プロセッサは密閉したチャンバーの中に収められて利用する必要があります。こうした技術は、最先端の半導体製造技術に投入される成膜やリソグラフィー、テストなどの技術に通じるところがあるように思えます。半導体は、チャンバー内の環境を整え、自在に制御することに関しては他の産業を圧倒する技術力と経験、ノウハウを保有しています。もしかすると、半導体製造装置メーカーが量子コンピュータのメーカーになる未来が訪れるかもしれません。

 

製造ラインの最適運用に量子コンピュータを活用

ここまで、半導体製造装置のメーカーが、量子コンピュータの進化に直接貢献できる可能性をお話しましたが、量子コンピュータの利用シーンは半導体業界の中にまだまだたくさんありそうです。量子コンピュータ・ユーザーとしての半導体メーカーという側面から一例を挙げたいと思います。

量子コンピュータは、人工知能(AI)との併用で大きな効果を発揮する技術です。AIは、莫大なデータの中に潜む傾向を導き出し、そこから未来に起きることを正確に予測することができます。例えば、製造ライン上の装置一台一台の稼働状況のデータを収集し、これを集約して、そこから傾向を解析することで生産性が落ちる要因が発生しそうな際に事前に予見することができます。ただし、生産性の低下を予想するだけでは、それを解消することはできません。ここからが量子コンピュータの出番になります。様々な品種のチップを混載させながら、生産性を最大化させるためには、それぞれのロットをどのように管理し、どのようなタイミングで処理すればよいのか最適なスケジューリングが可能になります(図4)。つまり、AIで未来を予測し、量子コンピュータで未来を最適化することができるのです。
 

図4

 

図4 量子コンピュータは半導体生産の最適化にも活用可能
出典:Adobe Stock

 

2020年12月11日から開催される「SEMICON Japan Virtual」では、15日の15時30分から量子コンピュータ開発のリーダーが最新開発動向を語るキーノートセッション「The Era of Quantam」が予定されています。量子ゲート方式の技術開発とサービス創出の両面で世界を手動するIBM Research IBM Fellow and VP of Quantum ComputingのJay Gambettaと、斬新な技術で新風を吹込むスタートアップであるQuantum Semiconductor Co-Founder and CTOのCarlos Augusto氏が登壇します。また、オンデマンドにて聴講可能なテクニカルビジネスセッション「サクっとわかる量子コンピュータのABC」には、量子コンピュータの応用開拓に向けた開発環境やサービスを提供するblueqat 代表取締役社長の湊 雄一郎が、量子コンピュータのビジネス応用や出口技術の事例から導入のノウハウまでやさしく解説します。いずれも、新時代を開く技術である量子コンピュータの可能性と実用性を肌で感じる貴重な情報を得る機会となることでしょう。