2025年1月30日(金)
SEMICON Japan 2025レビュー 未来を探る視点
先端チップの設計でAIとデジタルツインを活用する意義と課題を徹底議論
株式会社エンライト 伊藤 元昭
日本国内では、最先端ロジックチップの製造拠点の整備が着々と進んでいます。そして世界のIT業界に目を転じれば、AIシステムなどの中核に置くチップの独自開発が定着。ビジネス競争力の源泉、強いIT企業の必須条件の一つになりました。こうした動きは、スマート化と電動化が進む自動車業界にも波及しており、今後は同様の技術革新が進む産業機器業界などにも広がっていく可能性がありそうです。
ただし、たとえ国内で独自チップ開発の機運が高まり、製造できるファブが出来上がったとしても、それだけで日本の産業競争力向上が約束されるわけではありません。製品・サービスやビジネスの競争力強化に貢献するチップを設計するためのエコシステムの整備と人材育成が不可欠になります。
図1 半導体設計にフォーカスしたサミット、「ADIS(Advanced Design Innovation Summit)」の展示会場の様子
出所:筆者が撮影
2025年12月17日〜19日に開催されたSEMICON Japan 2025に併せて、半導体設計にフォーカスしたサミット、「ADIS(Advanced Design Innovation Summit)」が同時開催されました(図1)。2回目の開催となるADISでは、半導体設計のエコシステムを一覧できる展示会とキーパーソンが集うセミナーを通じて、最新情報を提供。会期2日目のセミナー「徹底討論 EDA・半導体ベンダが語る設計現場の最前線」では、「設計のAI活用」と「デジタルツイン」をテーマにしてパネルディスカッションを行いました。ここでは、それぞれのテーマでの議論を抜粋して紹介します。
不可欠になってきたチップ設計でのAI活用、その課題と解決への展望を議論
数千億個のナノスケール素子がたった1個の半導体チップに集積できるようになりました。設計データの大規模化と扱う技術の高度化によって、いかに熟練したエンジニアであっても独力では設計できなくなりました。先端チップ設計を取り巻くこうした状況を背景にして、近年では、単に設計業務の自動化を推し進めるだけでなく、AIを活用した設計者の能力拡張が不可欠になってきています。こうした設計でのAI活用は、最先端チップ開発だけでなく、チップ設計のハードルそのものを下げて独自開発の件数を増やす観点からも極めて重要になります。ただし、現状では、チップ設計でのAI活用には、いくつかの解決すべき課題が残されています。今回のADISのセミナーでは、半導体設計にAI活用する意義や抱えている課題、そして課題解決に向けた取り組みの展望などについて活発に議論されました(図2)。
図2 チップ設計でのAI活用にまつわる課題とその解決に向けた取り組みなどを議論
左から順に、モデレータを務めたRapidusの石田光也氏、デンソーの川原伸章氏、
パネリストとして登壇したKIOXIAの堀川和成氏、ルネサスエレクトロニクスの柴谷 聡氏、
日本ケイデンス・デザイン・システムズの坂上智成氏、図研の仮屋和浩氏、
シーメンスEDAジャパンの丁子和之氏、日本シノプシスの福島大輔氏
出所:筆者が撮影
今回のパネルディスカッションには、設計環境のユーザーである半導体メーカーで環境整備に取り組むキーパーソンも参加しました。そこでまず、設計環境のユーザー目線から現状を整理して、解決すべき問題を提起しました。
AI活用による設計効率化プロジェクトに携わった経験を持つルネサスエレクトロニクス EDA技術開発統括部 統括部長の柴谷 聡氏は、「AIは、『頼れるが手のかかる新人』のようなものです。うまく育てれば、戦力アップになることは確かです。ただし、継続的な学習と厳格な品質管理が何より重要です。成果物となる設計データにはノイズが含まれ精度も足りないことがあることを、利用する設計者は常に念頭に置いて、厳密に評価・管理しながら活用する必要があります」と語りました。ルネサスでは、「MDP(モダンデータプラットフォーム)」と呼ぶAI活用を前提として学習や管理などに必要なデータを確実・明確に整備する取り組みを進めたそうです。既に、JPEG形式の回路図から、同社の設計ガイド・基準に沿って、RTL、SDC、UPF、テストベンチなど多様な設計データをAIで自動生成できる環境を整えたと言います。
一方、現在、より効果的なAI活用を可能にする体制作りに取り組んでいるKIOXIA 設計技術推進部 部長の堀川和成氏は、「これまでのEDAは、チップのPPA(性能、消費電力、面積)の改善に重きを置いて進化してきました。AIの潜在能力を引き出し、効果的・効率的に利用するためには、質的にも量的にも優れたデータベースを作り保有することが何より重要になります。AIの学習に資するデータを、意識的に集める必要があります。加えて、AIを使いこなして価値あるチップを設計できるエンジニアの育成、新しい設計手法の中でのシニア層の知見活用や知識の継承も重要になってきます」とルネサス同様にデータ収集の仕組み作りと共に、設計業務の再定義の重要性を指摘しました。
設計環境のユーザー目線で見たAI活用で抱えている課題として、柴谷氏と堀川氏は、ほぼ同様のポイントを挙げました。 (1)自社保有する知財が外部流出するリスクと生成した成果物に他社知財が入り込むリスク、(2)個々のEDAベンター、半導体メーカーが保有するデータベースを統合し、その共有を推し進めるための仕組み作りと標準化・連携体制の確立、(3)設計品質を左右するデータをITベンダーの環境に置くことを背景にした、EDAベンダーとITベンダーの役割・責任分担の明確化、の3点です。
知財保護、データベース統合、ベンダーの役割分担
こうした設計環境のユーザー目線で指摘された課題に対して、EDAベンダー各社が、それぞれの立場から現状や今後の取り組み、より円滑・効果的なAI活用を見据えた展望を述べました。
半導体の設計・製造に関わる広範なツールを扱うシーメンスEDAジャパン 技術本部 技術本部長の丁子和之氏は、(1)自社知財の流出や他社知財の意図しない侵害のリスクに対して次のようにコメントしました。「EDAツールにAI機能を導入する場合には、EDAベンダーが責任を持ち、セキュアな形で、組み込んでいます。ただし、生成AIシステムのように、完全にはセキュアな状態を保証できないオープンな環境で利用したい部分も出てきています。それぞれの設計工程や作業の中で、きっちりとセキュアにしておくべき部分とオープンな環境でも対応できる部分を明確に分別しながら、対応していくことが重要になると考えています」と語りました。
一方、図研で専務執行役員 CTOを務める仮屋和浩氏は、「知財保護の問題は極めて重要です。実際、現場の設計者からはAIの学習用データとしての活用に対する許可をもらえたが、法務部門から、クラウド上のAIモデルの学習に向けたデータ公開にストップが掛かったという例があります。オンプレミス環境で自社データを利用してAIを学習させている際には、こうした問題は起きませんが、クラウド活用を前提にすると、途端にハードルが高まります。まず、チップを設計する企業内で設計フロー全体をカバーする複数のAIに関するナレッジを蓄積し、それぞれ要素を分けて学習させることで、パブリックに共有できる部分を分別しておく必要があります」とした。
(2)データベースの統合に関して、図研の仮屋氏は、「技術的には複数ベンダーのツールを統合した設計環境の構築は可能です。しかし、ライセンスやビジネス上の課題が多く残っており、その実現のハードルは高いのが現状です」と現時点での対応の難しさを説明しました。他のEDAベンダーからも、ツールの性能を最大限まで引き出すためにデータフォーマットが独自に定義されている面があり、統合はなかなか難しいという意見が相次いで聞かれました。そうした中、ルネサスの柴谷氏は、ユーザーの立場から、「EDAツール間でAI関連のデータ連携を可能にするため、設計者が橋渡しするAPI(Application Programming Interface)ベースではなく、AIが自ら連携のプラグを差し込むMCP(Model Context Protocol)ベースの連携が有効な解になるのでは」という提案が出されました。
日本ケイデンス・デザイン・システムズで、半導体設計者を支援している同社 フィールドエンジニアリング&サービス本部 AEディレクターの坂上智成氏は、(3)AI活用におけるEDAベンダーとITベンダーの関係についてコメントしました。「チップ設計の環境の進化と整備・活用において、両者は敵対しているわけではありません。今後は、より協調しながら、チップ設計でのAI活用を高度化し、適用範囲も広げていきたいと考えています」と述べました。
一方、シーメンスの丁子氏は、「EDAに導入するAIは、一般に利用されているAIとは性質が異なり、物理法則や設計ルールが明確に定義された正解のある問題を扱う点が異なります。このため、AIをブラックボックスのように扱うことができません。AI単体に設計業務の意思決定のすべてを委ねるのではなく、人の意思決定を支援する役割に限定おくべきです。特に、出力した成果物がどのような背景・理由で出力されたのか、設計者が理解できるような形で提示できるようにしておくことが重要になります。こうした部分でEDAベンダーの高い専門性が重要になると考えています」としました。
ルネサスが指摘したAI活用を前提とした設計に向けた人材育成に関して、日本シノプシスでAI活用の支援と人材教育支援などに携わっている同社 GTM Customer Success Group Sr. Managerの福島大輔氏は、次のようにコメントしました。「私たちは、2020年からAI活用への注力を開始し、顧客のAI環境と既存EDAツールを連携させる準備を進めてきました。そして、継続的な対話の場を設置して現場の声を吸い上げながら、顧客と共にAI活用について議論し、求められる知見やスキルを養っていくことの重要性を感じています。こうした要求に応えるセミナーを定期開催していく計画です」と語りました。
設計初期から後期まで、多様なシーンでのデジタルツイン活用の意義を議論
AIを活用して、より高性能で大規模なチップを設計できたとしても、いざ試作・量産に移すと、「動作しない」「想定した性能が得られない」「歩留まりが低い」といった状況が繰り返されることがよくあります。半導体技術が進化するほど、こうした問題が起きやすくなる傾向があります。現在、設計工程の様々なシーンにおいて、デジタルツインを利用したバーチャルプロトタイピング(仮想試作)とその検証が行われるようになりました。デジタルツインとは、システムやチップの機能をデジタルモデルで再現し、センサーなどを活用して現物から収集したデータを入力して状態や挙動を再現。コンピュータ上で試行錯誤を繰り返す技術のことです。これまでにも使われてきたシミュレーション技術であるCAEと併せて利用することで、設計から試作、検証、量産移行までの流れを円滑かつ迅速に進めることが可能になります。今回のADISのセミナーでは、自動車産業を中心とした具体的な事例を通じて、システムレベルの設計から製造段階に至るまで、設計プロセス全体におけるデジタルツインの重要性について議論しました(図3)。
図3 チップ設計でのデジタルツイン活用の意義などを議論
左から順に、パネリストとして登壇したMathWorks Japanの大塚慶太郎氏、
日本シノプシスの中野淳二氏、日本ケイデンス・デザイン・システムズの市川仁子、
キーサイト・テクノロジーの中原 段氏、シーメンスEDAジャパンの丁子和之氏
出所:筆者が撮影
シーメンスの丁子氏は、チップ、パッケージ、基板、システムなど多様な設計レベルをカバーする包括的なデジタルツイン技術を利用する意義を訴えました。「現在のシステム開発では、『ソフトウェア・デファインド(ソフトによる機能・価値の定義)』『シリコン・イネーブルド(チップの具現化)』『AI パワード(AIの活用)』の3つの潮流が見られます。ソフトウェアデファインドなモデルで定義された要求を、シリコンイネーブルなチップへと確実に落とし込むためには、デジタルツインの活用が不可欠になります」としました。
CAEツールの大手であるMathWorks Japanでシミュレータの技術支援に携わる同社 アプリケーションエンジニアリング部 部長の大塚慶太郎氏は、ADASを搭載した自動車の走行シミュレーション例を提示。街中を走行するクルマが突発的出来事に遭遇した場合の対処挙動を、システムレベルで検証できるようになったことを紹介しました。生成AIで突発的出来事を作り出し、5G通信などを行いながら正しく実行していることを確認できるそうです。同氏は、「SDV(ソフトウエア定義車両)のビジネスでは、こうした環境を利用しながら、市場の変化に合わせてソフトを逐次進化させていくことが求められます。その際には、シミュレーションで正しく機能することを確認してから、更新ソフトとして市場投入していくことになります。当然、半導体も含めてシミュレーションします。こうした環境を整えることで、競争の場を上流にシフトさせていくことが可能になります」と述べました。
電子化・スマート化を推し進めたクルマでは、搭載したい機能タスク、アルゴリズムを車載ネットワークのどこに配置するのか綿密に検討する必要があります。その際には、複数のECUに実装して実行していた機能を統合し、特定のSoCで実行するとどうなるのかといった点も検証しておくことになります。デジタルツインを活用したバーチャルプロトタイプの導入・活用を支援している日本シノプシス プロダクトマネージメント&マーケットグループの中野淳二氏は、「バーチャルプロトタイピングに不可欠なモデルを作成する技術は、急激に進化し続けています。目的に応じた効果が得られる技術を投入したデジタルツインを用意することが重要です。異なる技術に基づく複数のデジタルツインを併用することもありますから、抽象度や速度がちがうモデルをどのようにリンクさせていくかも大切です」と述べました。
半導体の中でも、車載チップはとりわけ高い信頼性が求められます。設計時には、製造した後の信頼性と歩留まりをキッチリと作り込むことが重要になってきます。⽇本ケイデンス・デザイン・システムズでDFM関連のツールの活用や統合フロー構築を支援している同社 フィールドエンジニアリング&サービス本部 シニアテクニカルリーダーの市川仁子氏は、製造可能なチップを設計段階で作り込むためのデジタルツイン活用について説明しました。同氏はCMPシミュレーションや露光シミュレーション、プロセス変動解析などの例を挙げ、設計後のデータを検証し、製造しやすい設計データへと自動修正できるようになっていることを紹介しました。同氏は、「デジタルツインを活用すれば、設計・製造協調最適化(DTCO:Design Technology Co-Optimization)による歩留まり、信頼性、性能の最大化が、より高精度で実現できるようになります」と語りました。
精度の高いデジタルツインを構築するためには、確かな実測データが必要であり、それをモデル作成時にフィードバックする必要があります。キーサイト・テクノロジー EDAソリューションエンジニアリング部 マネージャーの中原 段氏は、モデル構築に利用するデータを収集するための効果的な計測技術が用意されていることを、チップレットなどを例に紹介しました。「チップレットはモノパッケージの中で、微小領域でダイ・ツー・ダイ通信を行います。あまりにも微細なため直接針で当てて測定するのは困難です。そこで、送信側のチップレットと受信側のチップレット、さらにはシリコンインタポーザなどインターコネクト部を、それぞれつなげたままの状態でデータ収集することになります。ただし、その場合、つながっているモノ全ての性能が包括的に反映された結果になってしまい、各要素のデータを分離して収集することができません。それでも、送信側のチップレットだけ挙動データが明らかなゴールデンダイとして用意すれば、切り分けてデータを収集することができます」と述べました。