2022年1月27日(木)
SEMICON Japan 2021 Hybrid キーノートレビュー
技術の最前線を日本に持ち込むTSMC、真のグローバル企業への道を歩むルネサス
株式会社エンライト 伊藤 元昭
日本を含む様々な国で、半導体デバイスの自国生産体制を構築する動きが加速しています。
社会課題を解決するため、また新たな価値を持つビジネスを創出するため、あらゆる産業・業種でデジタルトランスフォーメーション(DX)が急加速。IoT機器やデータセンター、さらにはネットワークを構成するために欠かせない半導体デバイスは、誰もが認める戦略物資とみなされるようになりました。加えて、コロナ禍に端を発する半導体不足や米中対立によるデカップリングなどが原因となり、半導体デバイスのサプライチェーンが大混乱。自国の産業競争力や安全保障が、半導体デバイスの調達状況に大きく左右されることが再認識されるようになりました。その結果、先進国をはじめとする多くの国が、自国の半導体産業の強化や有力半導体メーカーの工場の誘致を促す政策を進めるようになったのです。
自動車産業や産業機器、社会インフラなど、半導体デバイスを大量消費するシステムを開発・生産している産業を抱える日本も同様です。日本は、全盛期に比べれば減退したとはいえ、高度な半導体デバイスを開発・生産する技術力を保持しています。また、半導体製造装置や材料の分野では、技術開発とビジネスの両面で世界をリードしており、半導体デバイス産業の再興を推し進めることが可能な素地を保有しています。そこに、現在の半導体デバイス産業のトップを走る半導体メーカーの価値観、知見、技術開発やビジネス創出の最新手法を注入できれば、再飛躍のキッカケを掴むことができるでしょう。
2021年12月15日から17日に掛けて開催されたSEMICON Japan 2021 Hybridのキーノートでは、国内外の政産官学を代表するビジョナリーによって、時代の機運を実感させ、進むべき道を指し示す講演が行われました(図1)。ここでは、世界を代表する半導体メーカーが考える日本の価値と半導体産業全体の成長に向けた期待、さらには日本を代表する半導体メーカーが世界での存在感を高めていくための戦略が語られた2つの講演にフォーカスして、そのエッセンスを報告します。
図1 SEMICON Japan 2021 Hybridのキーノート 会場の様子
TSMC:
半導体製造の最先端技術は、後工程にこそ宿っている
ファブレス企業のチップだけでなく、IDM製最新チップの生産も請け負う、世界を代表する半導体メーカーがTSMCです。もはや同社がなければ、スマートフォンの新製品も出せず、人工知能(AI)の進化も語れない状況だと言えます。そのTSMCは、2021年6月に茨城県つくば市に後工程の研究開発拠点を開設することを、同年12月にはソニーグループと共同で熊本県菊陽町に工場を設置することを発表しました。いずれも日本政府の働き掛けによって実現したものであり、日本の半導体デバイス産業復活の画期となることが期待されています。SEMICON Japan 2021 Hybridでは、2022年から日本の「3DIC研究開発センター」で後工程技術開発を指揮することになる同社 DirectorのChris Chern氏が「3D Fabric Development Focuses including Advanced Packaging and Intelligent Manufacturing」と題して、同社の後工程技術の先進性と日本の研究開発拠点での活動について講演しました。
近年の半導体デバイスでは、微細加工技術の進歩だけでは、チップの性能や生産性の向上を実現できなくなってきました。大きなチップを個片化して良品を選んで集積するチップレットや異種プロセスで製造したチップの高密度混載集積が欠かせなくなってきています。Chern氏は、「最先端のチップの後工程は、この10年でシリコン・インタポーザ上に複数チップを実装する2.5D技術へと移行しました。そして最近では、配線遅延の短縮を狙って、多くのメーカーが3D技術へと移行しつつあります」と後工程でのさらなる高密度の集積化が進んでいく見通しを語りました。
前工程も、後工程も、度合いは異なりますが、パターンの微細化と高密度化が同時進行しています。もちろん、微細加工技術自体は前工程の方がはるかに高度です。しかし、後工程には、前工程にはない2つの技術的難しさがあります。ひとつは、製造するチップの仕様や応用に応じて、多様な後工程技術を使い分けながら製造する必要がある点。もうひとつは、前工程によって生じたチップの個体差を勘案しながらチップやインタポーザを積層して、高度なチップに仕上げる必要がある点です。
TSMCでは、10年ほど前から、「InFO(Integrated Fan-Out)」と「CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)」と呼ぶ、2.5D接合技術を製品の製造に投入してきました。前者はシリコン貫通ビア(Through Silicon Via:TSV)を使わずにインタポーザ上で複数のチップレットを集積する技術であり、後者はTSVを使ってより高密度にチップレットを集積する技術です。そして近年では、3D技術であるSoIC(System on Integrated Chips)も量産に適用するようになりました。
これらの技術は、それぞれパターンの微細化を推し進めながら、チップの仕様や応用に合わせて使い分けているといいます。TSMCは、前工程の技術として、2020年には5nmノードの「N5」を投入し、2022年には3nmノードの「N3」を投入予定です。こうした前工程の進歩を見据えて、チップレットを積層するSoICでは、上側には7nm、6nm、5nm、3nmのいずれかのノードで製造したダイを、下側にはより古い技術も含めた様々なノードで製造したダイを積層できるようにしています。また、2.5D技術も、i線ステッパを使ってパターンを描くまでに微細化しています。配線が微細なダイやインタポーザを積層するわけですから、積層時のアライメント精度も逐次高めていく必要があり、現在ではサブミクロンの精度が求められているといいます。しかも、前工程後のダイは基本的に反っています。このため、後工程の難易度は想像を絶するほど高いのが現状です。つまり、日本の半導体デバイス産業の全盛期に使っていた後工程技術とは、全く別物に進化していると考えた方がよさそうです。
TSMCの2.5Dパッケージング技術ならびに3D SoIC技術は、先進的半導体の新時代を切り開きました。2.5Dと3Dの組み合わせにより「3DFabric™」というユニークな技術エンベロープを生み出します。3DFabricは、ヘテロジニアスインテグレーション技術として、機能の異なる集積回路をつなぎ合わせる技術であるだけにとどまらず、ムーアの法則の異なる、或いは同じ線幅ノードの集積回路をあたかも一つのチップのようにつなぎ合わせる事が出来るのです。集積化のフレキシビリティに加えて、低レイテンシー、高速性、高い信号伝送帯域幅、さらには集積回路における高いバンプ/バンプレスコンタクト密度も実現されます。
3DFabricにおいては無欠陥製造が非常に重要になります。3DFabric工場で加工される機能ダイはすべてKGD(Known Good-Die)であり、ひとつの欠陥が複数または大量のスクラップの原因となり、高価なラインの歩留まり損失を招く可能性があるからです。さらに、3DFabric技術の無欠陥製造が可能な量産工場を確立するためには、非常にスマートな最先端工場にしなければなりません。そのためにはいくつかの重要な柱が必要となります。つまり、(i)完全なデータメーションシステムと全レベルでの完全なWIPトレーサビリティによって結同した製造装置と自動化WIPハンドリング、(ii)プロセスと計測装置、およびWIP自動ハンドリングシステムの相互通信を実現するAIoTと機械学習、(iii) 計測とセンサーの統合による全ての生産ステップの1段階ごとの計測、モニタリング、監視、 (iv) Stop-and-Fix および自動欠陥分類(ADC)警告機能によるプロセス精密制御により無欠陥製造をサポートし、「欠陥ゼロ、損失ゼロ」を達成するということです。
もちろん、こうした複雑な生産管理を人手で行うことはできません。このため、IoTによるダイレベルの解析とプロセス条件の個別最適化が必要になってきます。元々、ファウンドリー専業であるTSMCは、多品種少量生産を前提としたDRAM工場などとは異質な領域で高度化した生産管理技術で群を抜く技術力を持つ企業でした。こうしたデータを基にした製造管理は、まさに同社ならではと言えるでしょう。生産管理は、前工程や材料の受け入れ段階から一貫して行われており、高精度のトレーサビリティを確立することで、不良の高頻度発生や歩留まりの低下が起きた場合に、迅速対応できるそうです。Chern氏は「私たちは、ラインで収集したデータを基にシミュレーションを実施し、ラインに不具合が発生する前に兆しを察知し、先回りして対処できる体制の確立を目指しています」と述べ、ここに3DIC研究開発センターを日本に開設する意義があるとしています。
ますます高度化する最先端チップ製造の後工程では、「優れた基板、優れた熱ソリューション、優れたパッケージング装置や材料などが必要不可欠です。日本には、これから求められる技術を実現するための製造装置、検査装置、材料の高度な技術があります。3DIC研究開発センターでは、台湾のAIの研究開発部門などと連携しながら、データに基づいた後工程をさらに進化させる技術の開発に取り組みます」とChern氏は言います。
ルネサス エレクトロニクス:
グローバル人材を活用し、時代の要請に柔軟に応える企業文化を育む
日本の半導体産業の全盛期を彩った日立製作所、三菱電機、NECの技術の遺伝子を受け継ぐ“ノアの方舟”の役割を担ったのが、ルネサス エレクトロニクスです。日本の半導体産業の再興が望まれる今、当然のように新たな飛躍が期待されます。現在の同社は、車載用半導体チップのメーカーとして日本の自動車産業を支えています。そして、2018年には米IDC、2020年には米IDT、2021年には米Dialog Semiconductorを買収。新たなビジネス展開に向けて必要な経営資源を集めてきました。今では、全従業員の過半が日本人以外の国籍となり、対象応用市場が広がると同時に、グローバルな半導体メーカーになりつつあります。SEMICON Japan 2021 Hybridでは、同社 代表取締役社長 兼 CEOの柴田英利氏が「日本半導体、長期凋落からの反転攻勢に向けて」と題して、日本の半導体産業を担う実務者の観点から、過去の凋落要因を総括し、同社での新たな取り組みについて語りました。
「当社では、2013年から半導体ビジネスへの変革に着手しましたが、欧米の競合の動きと比較すると10年~15年遅かったように思えます。その後、まさに血を流し、苦しい思いをしながら変革を進め、2016年頃から成長に向けた施策が打てるようになりました。そして、未来に向けて必要な機能を持つ半導体メーカーを買収し、元々ルネサスが保有していた技術やビジネスとのシナジーが得られるようになりました。特に、人材面での相乗効果が大きいと感じています」と柴田氏は言います。その具体例として、柴田氏は以下の3事例を挙げました。
「2013年前後、ルネサスの群馬県高崎市にあるR&D拠点で開発していたアナログ、ミックスドシグナル、パワーの製品は、売り上げが上がらない、新規開発投資もできないといった悪循環に陥っていました。これが、Intersilに在籍していたイギリス人の製品リーダーが、保有している製品を徹底精査。少し改良するだけで別の応用市場で高い訴求力を持つことを指摘し、売り上げが上がり、新製品も継続的に投入できるようになりました」と柴田氏は言います。
また、「ルネサスは、要求されたチップを提供するだけでなく、顧客の困りごとの解決や価値向上に貢献する付加価値の高いソリューションを提案するビジネスを展開できる体制の確立が念願でした。これが、IDTから来たフランス人のリーダーを中心に実現できるようになりました。『ウィニング・コンビネーション』と呼ぶ、応用機器の開発を大幅に容易化し、早期市場投入を可能にするソリューションを開発・投入。生活の質を向上させるためのソリューションを続々と用意し、2020年から現在に至るまでの間に288種類を用意できました」(柴田氏)とも語りました。
自動車業界のように求める技術への要求が厳しく詳細な顧客を持つ企業では、安定した売り上げは確保できるのですが、要求を満たすことが目的化し、マーケティング力や提案力が相対的に衰えていく傾向があります。かねてからルネサスは、海外の競合に対してマーケティング力や提案力に劣る部分があると指摘する声がありました。柴田氏が挙げた例では、企業買収によって注がれた新しい血が、同社によい影響を与えていることが感じられます。
さらに、「Dialogからやってきた米国人の人事担当者が、企業文化の変革を推進してくれました。日本企業では、別な能力を持つ人に入れ替わってもらうことは簡単にはできません。このため、新しい能力を持つ人に入ってもらって、内部の社員が自己変革していくための核になることを推し進める必要があります。『透明性』『アジャイル』『グローバル』『イノベート』『起業家精神』の5つの要素を企業文化の中に刷り込むため、米国人担当者を中心に、意識改革の進捗を可視化するための定期アンケート、ポスター掲示、イントラネットでの啓蒙活動、ラウンドテーブルなどシステマティックな人事的施策を実践しています」(柴田氏)とも言います。
半導体は、様々な産業に新たな価値を生み出すための戦略物資です。このため、市場が変化すれば、当然求められる半導体も変わります。こうした変化は、半導体デバイスを開発・応用・販売する人材に関しても同様に求められ、時代の要請に応える機能や能力を一人ひとりが身につけている必要があると言えます。言い換えれば、単純に従来の仕事の延長線上で進化し続けるだけでは対応できないということです。こうした観点から見ると、ルネサスは、かつての日本の半導体デバイス産業を単に復旧させるのではなく、より進化させた形での復興に向けて歩み始めたと言えるのではないでしょうか。