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2021年11月15日(月)

SEMICON Japan 2021 Hybrid 未来を探る視点4

独自チップの開発事情に垣間見える日本のチップ産業の未来

株式会社エンライト 伊藤 元昭

 

日本の電子機器メーカーは、今では海外の半導体メーカーから半導体チップを購入して、自社製品を作るのが当たり前になりました。半導体チップ産業のピーク時だった1980年代には、世界で生産されるチップの約50%(半導体メーカーの本社が置かれる国別の売上高ベースのシェア)を日本企業が開発・生産していました。これが今では、約5%を占めるにすぎない状態にまでなっています。

戦略物資である半導体の安定調達、さらには安全保障上の観点から、日本の半導体チップ産業を再興しようとする動きが活発化しています。そして、TSMCが、ソニーグループやデンソーと共に熊本に新工場の建設を決めるなど、具体的動きも出てきています(図1)。ただし、こうした動きも、新たな生産能力を有効活用し、価値あるチップを生み出す動きが日本国内になければ、一過性の出来事に終わってしまいます。現在の動きを国内チップ産業の将来の発展とより高度なチップの生産体制確立につなげるには、サステナブルな国内ニーズが不可欠です。ここでは、日本で、いかなる応用を拓く、どのような新たな価値を持つチップ開発が進められているのか紹介します。

図1 TSMCが熊本に新工場を建設、具体的な動きが見え始めた日本のチップ産業の再興


図1  TSMCが熊本に新工場を建設、具体的な動きが見え始めた日本のチップ産業の再興
出典:AdobeStock 

 

近年、世界のIT業界や自動車業界をリードする巨大企業が、独自半導体チップの開発を競うようになりました。人工知能(AI)関連処理を高効率化する独自チップを開発することでクラウドサービスの競争力を高めるGoogle、自社製OSの機能・性能を高める独自プロセッサを開発してスマホやパソコンでの競合を圧倒するApple、市場投入後のソフトによる機能更新で機能を成長できる独自プロセッサでクルマに新たな価値をもたらしたTeslaなどは、代表的な成功例です。こうした企業は、チップを自社生産しているわけではありませんが、独自設計のチップを開発して、競争力の高い製品・サービスを生み出しています。

実は、独自チップを開発して自社の製品・サービスの競争力を高めている企業は、日本にも意外と多くあります。最も有名なのは、ソニーや任天堂など家庭用ゲーム機の分野でしょう。ただし、こうした民生分野での独自チップ開発は、今では例外的になってきました。

その他の分野において日本企業が開発する独自チップの中で、最も注目度の高い分野が自動車分野ではないでしょうか。現在、自動車分野では、CASE(コネクテッド、自動化、シェアリング&サービス、電動化)トレンドに沿って、従来のクルマを再発明しているかのような大革新が起きています。そして、他社とは異なる高度な半導体チップを搭載することが、より付加価値の高いクルマを開発するためのポイントになりつつあるのです。こうした潮流に乗って、日本の自動車メーカーや電装機器メーカーも、積極的に独自チップ開発に取り組むようになりました。

例えば、デンソーは、トヨタ自動車との共同出資で、次世代半導体を開発する新会社、ミライズテクノロジーズを2020年に設立。ここでは、CASEに沿ったクルマの進化を後押しするSoC、パワーデバイス、センサーの独自チップを開発しています。同社のグループ企業である半導体IP設計のエヌエスアイテクス(NSI-TEXE)では、自動運転車でのデータ処理に最適化したGPUなどでの処理を補完してシステム性能を高める「データフロープロセッサ(DFP)」と呼ぶIPや、オープンソースのプロセッサIP「RISC-V」ベースとして世界初の自動車向け機能安全規格「ISO26262」のASIL Dに対応したチップを開発するなど、着実に力を付けています(図2)。さらに、SiCベースの独自パワー半導体(ダイオード、トランジスタ)も開発・量産。既にトヨタの燃料電池車、第2世代の「MIRAI」などに搭載されています。

図2 自動車業界の企業が独自チップ開発を加速


図2 自動車業界の企業が独自チップ開発を加速
(左)NSI-TEXEのDFPを搭載したボード、
(右) デンソーのSiCパワーデバイスを採用した2代目「MIRAI」用FC昇圧コンバータ

出典:(左) 筆者が撮影、(右) デンソー

 

スパコンからAIチップ、そして量子コンピュータへ

ITの分野でも、日本企業は、米国とは少し違ったアプローチからの独自チップ開発を進めています。NEC、富士通、日立製作所、東芝、三菱電機など、日本のIT産業の老舗企業は、もともと、自社製コンピュータの頭脳となるプロセッサや記憶媒体であるDRAMやSRAMを自社で内製していました。そもそも、日本の半導体産業は、競争力の高い独自チップを保有し、IBMなど米国企業に対抗できる競争力を得るために立ち上げた経緯がありました。Intelの標準プロセッサなどを搭載したコンピュータが多くなりましたが、最高性能が求められる領域や新しい試みを行う領域では、独自チップを開発する文化の名残が現在もあります。

例えば、世界一のスーパーコンピュータである「富嶽」に搭載しているCPU「A64FX」は、富士通が独自開発しています(図3)。外部仕様であるバイナリレベルのアーキテクチャには互換性を重視してArmを採用していますが、内部での処理手順を決めるマイクロアーキテクチャには「京」でも採用された富士通が長年使い続けてきた「SPARC64」を採用しています。近年、日本には、最先端の半導体プロセスの応用先がなくなったという声も聞かれるようになりましたが、A64FXはTSMCの7nm Fin FETプロセスで製造されており、富嶽には15万8976個搭載されています。スパコンは、日本を代表する最先端プロセスの応用先だと言えます。

図3 スパコンとAIアクセラレータは、独自チップ開発が盛んな領域


図3 スパコンとAIアクセラレータは、独自チップ開発が盛んな領域
(左) 富嶽に搭載された富士通が開発したCPU「A64FX」のダイ写真、
(中) NECが開発して自社製サーバーに搭載しているAIアクセラレータ「Vector Engine」のチップ構成、
(右) Preferred Networksが開発した深層学習用プロセッサ「MN-Core」のチップ構成

出典:(左) 富士通、(中) NEC、(右) Preferred Networks

 

一方、世界中のIT企業が開発競争を繰り広げているAIチップの領域でも、NEC、富士通、日立など多くの企業が、処理内容が似ているスーパーコンピュータ向けチップの技術を基にして、アクセラレータを開発。自社製サーバーなどに搭載しています。また、ベンチャー企業の中にも、Preferred Networksがサーバーの電力効率を向上させる独自深層学習プロセッサ「MN-Core」を、LeapMindなどがエッジ端末用の高効率な機械学習IPを開発しています。

独自チップを活用して、世界の中でも独創的な取り組みを進めているのが量子コンピューティングの領域です。日立製作所は「CMOSアニーリング・マシン」、富士通は「デジタルアニーラ」という呼称の独自チップを量子アニーリング・マシンの処理を擬似再現する独自チップをCMOS技術をベースにして開発(図4)。スパコンでも解を得るのに天文学的時間を要する組み合わせ最適化問題などを短時間で解くクラウドサービスの提供を、創薬、生産計画、配送計画、交通最適化などへの応用を想定して開始しています。

図4 量子アニーリングの模擬チップを独自開発して、利用に向けたノウハウ蓄積とエコシステムの整備で先行


図4 量子アニーリングの模擬チップを独自開発して、利用に向けたノウハウ蓄積とエコシステムの整備で先行
(左)日立製作所の「CMOSアニーリング・マシン」向けチップのダイ写真、
(右)富士通の「デジタルアニーラ」向けのチップ「DAU」の外観写真

出典:(左) ISSCC 2015での日立製作所の論文、(右)富士通

 

一般に、量子アニーリング用の素子は、超電導材料などで作られることが多いのですが、同じ機能をCMOS回路で再現することで、超電導材料ベースの素子技術が成熟する前に同等の機能を実現できるようになります。もちろん、超電導材料の素子が高性能化できれば処理能力が高まるのは明らかです。しかし、現時点では高性能化が難しいため、模擬チップがあれば、いち早く量子コンピュータを利用するためのノウハウやエコシステムを整えることができます。模擬チップだからと言ってあなどれない、存在意義の大きなチップです。

 

国際競争力が高いパワー半導体、今こそ望まれる果敢な投資

日本企業が、海外企業には見られない独自チップの開発・生産体制を保有している分野があります。パワー半導体の分野です。三菱電機、富士電機、日立製作所、東芝などが、世界有数の重電系のメーカーが、自社内またはグループ企業でパワー半導体を開発・生産しています。

日本の重電系メーカーが開発・生産しているパワー半導体は、外販もしますが、主に自社製のパワーエレクトロニクス(以下、パワエレ)機器の性能を差異化するキーデバイスとして利用されています。パワエレ機器とは、高電圧・大電流を制御するためのデバイスで、電動車や鉄道、インバータ・エアコン、さらには工場の機器や産業ロボット、エレベータなどを動かすモーターのドライブ装置、発電所や電力網の要所に置かれる電力変換装置などを指し、いずれも日本企業が高い国際競争力を誇っています。

現在、自動車の電動化やカーボンニュートラル実現に向けた世界の取り組みによって、パワー半導体は急激な応用拡大と需要増が見込まれています。しかも、デバイスを形成する基板の材料として、SiCやGaNなどシリコンに代わる新材料が投入され、技術的な進化も加速しています。新たな応用開拓と新デバイスの活用を効果的に進めるためには、デバイス開発と利用技術の開発を同時進行させていく必要があります。例えば、鉄道を動かすモーター駆動装置に、世界に先駆けてSiCデバイスを投入できたのは、こうした事業体制があったからだと言えます(図5)。このため、日本の重電系メーカーによる部品内製業としてのパワー半導体事業は、シナジーが生まれやすい状況になっています。

図5 パワー半導体とパワエレ機器の同時並行開発で、重電ビジネスの競争力を向上

図5 パワー半導体とパワエレ機器の同時並行開発で、重電ビジネスの競争力を向上
(左) 富士電機が開発した新幹線用SiCモジュール、 (右) SiCパワー半導体をモーター駆動装置に採用した新幹線「N700S」

出典:(左) 富士電機、(右) JR東海

 

ただし、世界のパワー半導体最大手は、シリコンベースのパワー半導体の製造ラインの300mm化によって需要増に備えています。そして、これまでの200mmラインを、SiCやGaNなど新材料ベースのチップ増産に振り向ける動きもあります。これに対し、日本企業は遅れを取っている状況にあります。日本の半導体産業は、過去に投資競争に消極的になったのを機に、凋落へのレールに乗ってしまった面があります。応用が拡大し、技術の進化が著しい今こそ、一歩踏み込んだ果敢な投資を期待したいところです。