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2021年9月15日(水)

日本に訪れた、半導体チップ・ビジネス再興の絶好機

株式会社エンライト 伊藤 元昭

 

2020年以降、日本で、半導体チップ・ビジネスの再興に向けた絶好の環境が生まれています。

製造装置と材料の分野において、日本企業は、世界の半導体産業の中で常に大きな存在感を示し続けてきました。しかし、チップの開発・生産に関しては、1990年代を境にして急激に衰退(図1)。キオクシアやルネサス エレクトロニクスなど限られた企業、さらにはパワー半導体やアナログ半導体に強みを持つメーカーを除いて、ほぼ消失してしまいました。

 

図1


図1 日本の半導体チップ・ビジネスの現状(国際的なシェアの低下)
出典:経済産業省「半導体戦略(概略)」、Omdiaのデータを基に経済産業省が作成

 

強い半導体チップの開発・生産が日本国内に必要な3つの理由

ところが、現在、多くの国や地域において、足元に強い半導体チップの開発・生産力を保有すること、特に先進的な半導体チップを開発・生産できる能力を持つことが、あらゆる産業の競争力強化に欠かせないことが世界の共通認識となりました。それどころか、強い半導体チップメーカー不在の国では、国力持続性や安全保障面でのリスクを抱える可能性が高いと考えられるまでになっています。世界の先進国の一角を占め、高性能・高品質な工業製品の創出・提供を通じて世界をリードしていることを自認している日本で、半導体チップ・ビジネスの再興に期待が高まり始めたのは自然な流れと言えるでしょう。

今、世界中の国や地域で、強い半導体の開発・生産体制の構築が始まっている背景には、大きく3つの状況変化があります。1つ目は、独自半導体チップの保有が商品・サービスの強みの源泉になったこと。2つ目は、半導体不足の顕在化によって、あらゆる業界のビジネスが停滞した経験をしたこと。3つ目は、米中ハイテク覇権争いが激化し、自国内で半導体を開発・生産できる体制がないとサプライチェーンの寸断によって、工業製品の生産がストップする可能性が現実化したことです。これら3つの状況変化について、状況を少し詳細にまとめます。

 

独自チップの保有は、もはや企業競争力醸成の必要条件

まずは、独自半導体チップについて。もはや世界経済全体を牛耳るほどのパワーを持つ巨大IT企業である米国のGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)や中国のBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)にはひとつの共通点があります。いずれも、独自の半導体チップを開発し、自社の製品やサービスの競争力を高めている点です。

例えば、Googleは人工知能(AI)関連処理を高速化する「Tensor Processing Unit(TPU)」など独自チップを次々と開発し、データセンターのサーバーなどに組み込んで、他社を圧倒する価値あるサービスを提供しています(図2)。またAppleは、自社製のスマートフォンやパソコンの頭脳となるチップを自社開発し、ソフトウェアもチップ仕様に合わせて最適化することで、システムのコスト・パフォーマンスを劇的に高めています。その効果は凄まじく、単なる部品の内製を超えた価値創出に成功しています。2020年11月にはCPUをIntel製から独自チップ「M1」に変更したパソコンを市場投入。従来機の2倍以上の性能、同時にバッテリーの持続時間も大幅延長するという圧倒的な成果を出し、パソコン業界のゲームチェンジャーになりました。

 

図2


図2 巨大IT企業が独自チップ開発で圧倒的競争力を醸成
(左)Googleの「TCP(Tensor Processing Unit)」、(右)Appleの「M1」
出典:(左)Googleのホームページ、(右)Appleのホームページ

 

一時期、IT業界では、ソフトウェアの開発力こそがビジネス競争力の源泉とみなされ、チップは外部企業から買ってくれば済むという風潮が広がっていました。しかし、今では、真逆に、チップを外部調達するようでは厳しい競争には勝てないと考えるようになりました。これは、IT業界のみならず、日本企業の競争力が高い、自動車業界やエネルギーや社会インフラを扱う重電業界でも同様です。自動車業界では、Teslaが、独自のAIチップを開発し自動運転関連処理などに適用して成果を上げています。また、重電業界でも、SiCやGaNのような新材料をベースにしたパワー半導体チップを、独自開発できる企業の競争力が高まっています。

現在、世界中の企業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)による効率化と価値創造、さらには脱炭素化に向けたエネルギーシステムの変革に取り組んでいます。これら2つのメガトレンドをいかにリードするかが、企業競争力を決定付ける状況であり、そこでの独自チップの活用の重要性は高まる一方だと言えます。

 

業界を超えて半導体ファブを奪い合う時代が到来

半導体関連での2021年最大の話題は、半導体不足でした。2020年初からのコロナ禍による世界中で広がった社会活動の停滞から、自動車の販売が急激に低迷するのではという見通しの下、半導体メーカーの車載向けチップの生産能力をリモートワークの普及やゲーム機など巣ごもり需要の増大への対応に振り向けました。ところが予想に反して、自動車の販売は低迷するどころか、中国市場の急回復、さらには三密回避にむしろ適した移動手段として需要が拡大しました。その結果、車載半導体が一気に不足状態に転じたのです。

近年の半導体業界では、ファブレス半導体メーカーが設計したチップを、TSMCなどファウンドリーが生産するという役割分担が取られてきました。ファウンドリーでは、様々な用途のチップを混流生産しているため、IT産業や自動車産業のような異業界が同じチップの生産能力を奪い合うような状況が生まれました。このため、今では車載半導体だけでなく、スマートフォン向け半導体でも不足状況が伝搬しています(図3)。

 

図3


図3 自動車産業とスマートフォンなど、異業種間で半導体を奪い合う状況に
出典:Adobe Stock

 

半導体不足は、現在も継続中の問題であり、もはや常態化しつつあります。半導体メーカー各社の設備投資増の効果が出る2、3年先までは続くとみる声が増えてきています。また、現状の不足状況を見て、半導体メーカーが無闇に設備投資を積み増すことにもリスクがあります。供給過剰の状況に転じれば、投資の回収が滞り、企業存亡の危機に陥る可能性もあるからです。

こうした状況を鑑みると、半導体ユーザーである自動車メーカーやIT企業が、自社の製品投入計画に基づいて、きっちりとした半導体調達戦略を自発的に策定・実践する必要が出てきているように思えます。少なくとも、ティア2である半導体メーカーにJust in Timeでの確実なチップ納入を求めれば、自社在庫を最小化できるといった古い発想のサプライチェーンの構築は、もはやできなくなってきています。

 

国際政治の風向きで翻弄される電子産業の企業、Huaweiは他山の石

そして、米中ハイテク覇権争いについてです。2019年以降、国際政治の動向が、半導体産業の形に大きな影響を及ぼすようになりました。

例えば、米国商務省は、2019年8月にHuaweiの世界各地のグループ企業46社を制裁対象リスト(エンティティリスト)に加え、その後2020年9月には同社の半導体の調達を厳しく制限しました(図4)。その結果、Huaweiは、同社製品の開発・生産に必要な半導体を含むハードウェアやソフトウェアを利用できなくなり大打撃を受けました。2019年時点のHuaweiは、スマートフォンの世界シェアで約18%を占め、Samsung Electronicsに次ぐ第2位でした。また、5Gの基地局など通信インフラビジネスでも世界をリードし、世界中の通信事業者から次々と契約を勝ち取る完全な勝ち組でした。それが現在では、スマートフォンのシェアは4%にまで急減し、5G基地局も売上高のシェアでは世界のトップは維持しているものの同社製品を不採用とする国が続出しました。

 

図4


図4 国際政治に翻弄され絶頂から奈落に落ちたHuaweiの姿は他人事ではない
出典:Adobe Stock

 

Huaweiが現在置かれている状況は、同社自身が招いた面もあるでしょう。しかし、半導体ユーザーである多くの企業は、Huaweiのように、政治的要因でそれまで絶好調だった自社ビジネスが危急存亡の淵に立たされる可能性があることを思い知りました。前述したように、現在の半導体業界は、先端チップの製造を台湾に拠点を置くTSMCに頼っています。たとえば、日本のルネサスも、ファブライト戦略の下で28nm以降の自社設計チップはファウンドリーに委託している状況であり、自社生産の計画はありません。これは、極めて大きなリスクを抱えた状態にあると言えます。

こうした状況を問題視する各国や地域の政府は、TSMCの工場誘致や自国での半導体チップの開発・生産体制の強化を急いでいます。これは日本も例外ではありません。